トランプ政権=オバマ前大統領が実現した国民皆保険制度(オバマケア)を奪い取る悪の政権、みたいな報道が目立つわけですが実際のところどうなのよ? という気持ちで調べてみました。
|
Source: https://lysistrata.commons.gc.cuny.edu/2017/04/19/obama-vs-trump-important-qualities-of-a-u-s-president/ |
まずオバマケアのおさらいです。
日本の保険が社会保険と国民健康保険に分かれているように、米国でも「企業が従業員に福利厚生の一環として医療保険を提供する」場合と、「個人や世帯が医療保険を申し込む」場合とに分けられます。
この後者の「個人や世帯が医療保険を申し込む」際に、掛け金や通院・処方薬の自己負担分を国や州が補助しますよ、というのがAffordable Care Act(ACA: 通称オバマケア)です。補助金を出すのだから各世帯必ず加入してくださいね加入しないとペナルティ(増税)がかかりますよ、という仕組みです。政府はhealthcare.govというサイトを用意して、加入を推進してきました。
では実際にオバマケアで各世帯はどれくらいの負担が発生するのでしょう?
この算出がなかなか難しい。というか、面倒くさい、わかりにくい。色々な条件から掛け金や、通院・処方薬の自己負担が算出されるのです。
まず医療保険を管轄するのは連邦政府ではなく州ですから、州ごとに条件は異なります。ここではカリフォルニア州を前提に話を進めます。その上で、以下のような条件を加味する必要があります。
- 保険でカバーされる範囲
- 州からの補填があるか否か
- カリフォルニア州のどこに住んでいるか
- 年齢
- 喫煙者か否か
1は通院や処方薬の自己負担を決める要素です。掛け金が安い保険は、総じて通院や処方薬の自己負担額が大きくなります。例えば「一回の通院あたり500ドルまでは自己負担。それを超える部分は4割自己負担。処方薬は年間500ドルまでは保険会社が負担し、それ以上は自己負担」みたいな感じになります。
これだと低所得世帯はとても苦しくなるので、掛け金や通院・処方薬の自己負担分を国や州が補填しますよ、というのが2です。低所得世帯に厚くなります。
3は詳細不明ですが、居住地により掛け金や補填の枠が決まっているようです。
4と5は自明で若い人や非喫煙者は総じて負担が軽く、年寄りや喫煙者はリスクが高い分掛け金も上がる、ということです。
これだけの要素を網羅的に調べるのは苦痛ですのである程度条件を絞ります。
- モデルケースA: Fresno(郵便番号93740)に在住する世帯年収5万ドルの家族。2017年で夫45、嫁35、子供8歳と5歳。
- モデルケースB: San Francisco(郵便番号94108)に在住する世帯年収95000ドルの家族。2017年で夫45、嫁35、子供なし。
いずれも喫煙せず、妊娠はしてないという前提にします。なお、世帯年収はその地域の中間値としました。
ソースはこちら。
|
Fresnoは赤い印のあたり。San Franciscoはその左上のほう |
カリフォルニア州の場合、Covered Californiaという組織が保険商品を選ぶためのサービスを提供しています。
こちらのリンクからアクセスできます。まず、両モデルケースが
2017年にオバマケアで支払う掛け金を算出してみます。
モデルケースAは、世帯所得が低いのでオバマケアとは別のMedi-Calというカリフォルニア州が提供する医療保険制度に申し込むことが可能ですが、敢えてオバマケアを選ぶこともできます。その場合、掛け金は一番安いもので
月額たったの$4。すばらしい! 一番高いもので月額$1250.20となります。いずれも
国や州から毎月$776の補助金を受け取った後の金額です。
月額$4~$1250と幅が広いですが、$4ではどのようなベネフィットが得られるかというと...
- 指定された病院でしか保険が適用されない
- 一家族当たり年間6300ドルまでの医療費は自腹
- 世帯当たり年間12600ドルまでの医療費は自腹
- 一家族当たり年間500ドルまでの処方薬は自腹
- 世帯当たり年間1000ドルまでの処方薬は自腹
ちょっとわかりにくいですが、年間$48の掛け金($4x12)を払うことで、世帯当たり年間$13600を超える医療費については保険会社が全額負担する、というわけです。年間$13600までは自腹となります。
ではモデルケースBはどうなるでしょうか。世帯所得があがるのでMedi-Calという選択肢はありませんし、政府や州からの補助もでません。結果、月額掛け金は$654.28~$1703.2という幅となります。モデルケースAと違ってこちらは子供なしでこの金額です。では、一番安い月額$654.28の掛け金でどのようなベネフィットが得られるかというと...
なんと! モデルケースAとまったく同じなのですね。すなわち
- 指定された病院でしか保険が適用されない
- 一家族当たり年間6300ドルまでの医療費は自腹
- 世帯当たり年間12600ドルまでの医療費は自腹
- 一家族当たり年間500ドルまでの処方薬は自腹
- 世帯当たり年間1000ドルまでの処方薬は自腹
すなわち、年間$7851.36(654.28x12)の掛け金を払った上に、年間$13600までの医療費は自腹。病気もケガもしなければ年間出費は$7851で済みますが、重い病気やケガを負ったら年間$21000くらいまでの出費を覚悟する必要があります。その金額を超えて初めて保険会社が負担してくれるわけです。
自己負担額を減らしたければ毎月の掛け金を上げればよいのですが、これもやはり高くつきます。例えばBluecrossの月額$1603の保険に入れば、医療費の自己負担はゼロとなります。また病院や医師の限定もなくなります。ただし病気やケガがなくても年間$19236におよぶ掛け金が飛んでいきます。
カリフォルニア州の場合、世帯収入$95000だと以下のように課税されます。
- 連邦所得税...17.78%
- 州所得税...6.35%
- 社会保障税...6.2%
- Medicare Tax...1.45%
だいたいオバマケア以外で32%ほど持っていかれます。ここに年間で$7851(8.2%)~$19236(20%)の医療保険掛け金を乗せようというのですから、「そこそこ軌道に乗っている」自営業や個人事業主には実に重い負担となります。このあたりを整理すると、下の図のようになります。
|
年収5万ドル世帯が最も安い保険を選んだ場合 |
|
年収95000ドル世帯が最も安い保険を選んだ場合 |
|
年収95000ドル世帯が最も高い保険を選んだ場合 |
掛け金の安い保険は医療費の自己負担が大きいですが、自己負担を超える分は保険会社がカバーしてくれるので「医療破産」はなくなります。それをオバマケアの最大の利点と称賛することには私は異論を唱えません。
ただしそのためのコストは中高所得世帯に重くのしかかっていることに注意するべきです。所得移転の一環と捉える人もいるかもしれませんが、そもそもの医療費を抑える努力をせずにこのような政策をとれば、遅かれ早かれ制度そのものが崩壊します。
実際、カリフォルニア州のオバマケア掛け金は
去年が13%値上げ、
今年は12.5%値上げです。
年間12.5%の値上げペースが続くということは5年で掛け金は倍増するということになります。
トランプケア(敢えてこの呼び方にします)になると、医療保険に加入できない世帯が大量に発生する、という観測がありますが、実はオバマケアのままでも加入をあきらめる世帯は発生しますし、すでにそうなりつつあります。
2016年、まだオバマ政権だった時ですら
160万人がオバマケア加入を断念していたわけです。この傾向は続いており、2017年7月の時点では
200万人を超えたという推定もあります。無保険による増税ペナルティを受けてでも、オバマケアに加入しない世帯が増えているわけです。このしわ寄せは...オバマケアの掛け金増加で中高所得層にさらに跳ね返ってきます。悪循環。
トランプ政権はもちろん、共和党・民主党は党派を超えてこの問題に取り組むべきだと私は考えます。トランプ政権や共和党のプレゼンテーションが下手なのも問題ですが、オバマケア見直しを鬼畜の仕業のように非難するリベラルな皆さんは、上記数字をよく読んで「オバマケアは持続不能な政策」であることを認識してくださいな。